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2012/10/29

灯り


睡眠に影響を及ぼす最大の要因は「光」です。特に「照度」(ルクス)と「色温度」(ケルビン)の2つが大事です。
色温度とは物を燃やしたときの色の変化を示す物差しで、青に近い白色は色温度が高く赤に近い暖色系は色温度が低い色です。つまり太陽や蛍光灯のような青白い光は人を活動的な気分にさせて思考力を高めます。一方、キャンドルの炎や夕焼けの赤い光は人の気持ちを落ち着かせ眠りへと誘います。寝る前に500ルクス以上の青白い光を浴びると、睡眠ホルモンの「メラトニン」の分泌が減ってしまいます。そのため寝る1時間前からはなるべく照度も色温度も低い照明を利用することが望ましいです。寝室の照明は蛍光灯より白熱灯の方がお勧めです。またアロマキャンドルなどを使ってやや暗めの環境も眠るのには適しています。
どうかぐっすり眠って下さい。

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— posted by 越智邦明 at 07:24 pm  

2012/10/25

リーダーシップ


トーマス・カーライル(1795~1881)を御存知でしょうか。大英帝国の有名な歴史家、評論家です。例えば「沈黙は金なり、雄弁は銀なり」とか「失敗の最たるものは失敗を自覚していないことである」等の数々の有名なフレーズを残している。
さて今回はトーマスの「英雄崇拝論」の中から「リーダーシップ」について書いてある所を引用します。
人の上に立つ者は常に孤独である。誰にも頼れない。自分を守ってくれるのは自分だけである。だからまず何よりも自分自身をよく知り、強い自分を創っていかなければならない。強靭な精神力を鍛えあげるのは目標に向かって何が何でもやり遂げたい、やらなければならないという熱い欲求である。自分の行動を正しいと信じ、とことん諦めず一歩一歩前進していこうする情熱である。苦しさや困難に屈しようとしない精神力、不退転の決意が信念である。信念をもって行動している人々は美しく見える。人の気持ちを惹きつけて離さない。
次に、信念はあっても信念だけでは他の人はついてこない。信念を支える実力がなければならない。また人生について人間について深く考え理解して他の人々のために働く心の広さもなくてはならない。燃え盛るような信念と実力が面々と相まって実践が行われる時、強烈なリーダーシップが生まれてくる。黙っていても人はついてくるだろう。(以上)
さてここからは私の追加ですが、リーダーとしてとても大事なものは恩知識です。当院では朝礼でいつも話すのが「感謝の念」です。恩を忘れてしまう人は謙虚に学ぶ姿勢を失い、リーダーがそうなると組織は崩壊です。「ありがとう」の一言。忘れないようにしたいものです。

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— posted by 越智邦明 at 05:39 pm  

2012/10/22

タマネギの威力


タマネギの有用性は何回か取り上げてきましたが、今回は広島大学の東幸仁教授がハウス食品と共同で行った実験データを基に話してみます。今回のKey wordはタマネギに多く含まれる「ケルセチン」です。ケルセチンはポリフェノールの1種ですが、これが血管内皮機能の改善に有効であることが分かったのです。血管内皮はNO(一酸化窒素)などを分泌して血管を収縮させたりするほか血小板の粘着・凝巣を抑制して血管を保護する働きがあります。今回の実験で健康な男性22人にタマネギエキスを4週間摂取してもらったデータをみると明らかに血管内皮機能の改善が見られました。
ケルセチンは活性酸素の働きを抑える抗酸化作用が強いのです。何才からでも血管内皮機能を改善することが可能ですので、今すぐ始めると良い。血圧や血糖値が低下し、動脈硬化や心筋梗塞の予防になります。
横浜創英短大の則岡孝子名誉教授が勧めるのはタマネギスープ。「タマネギを薄切りにしてオリーブオイルで茶色くなるまで炒める。水とブイヨンを加え煮立ったら弱火で10分煮て、塩コショウで味をつける。これを基本にベーコン・トマト・ニンジン・ジャガイモなどの食材を加えると飽きません」と語る。このスープなら1度でたくさんのタマネギを食べられます。料理方法は皆さんにお任せしますが是非、タマネギを食事に取り入れて下さい。嫌いな人はケルセチンのサプリメントも出ています。

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— posted by 越智邦明 at 05:22 pm  

2012/10/18

爪の病気


外来でよく来られるのが「爪のまわりが痛くなった」という主訴の方。
診断は爪周囲炎(ひょう疽)。原因としては、陥入爪や深爪による小さなキズから細菌が入ったり、爪かみや指しゃぶりから口腔内の細菌が感染したりして発生します。あとはバラのトゲが刺さって放置していたとかさまざまですが、下の写真のようになってくると一刻も早く切開、排膿が必要です。菌の種類は黄色ブドウ球菌が最も多く、他に連鎖球菌や緑膿菌もあります。お子さんにも多いので爪の周囲が赤くなって痛ければ早めに来院して下さい。
また爪かみなどのクセはやめさせて下さい。

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(追伸)
今日はゆうちゃんの3才の誕生日。おめでとう!
3才ぐらいから(私もそうでしたが)記憶に残る事が増えてきます。
11月からの幼稚園入学、楽しみにしています。

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— posted by 越智邦明 at 04:01 pm  

2012/10/15

アンパンマン


大人も子供も口ずさむ「アンパンマンマーチ」。ゆうちゃんも散歩の時に私が曲の口笛を吹くと一緒に元気よく歌い出します。「アンパンマン」は子供達がテレビに釘づけになるヒーローの1人で息が長いです。
さて今回はこんな名曲を世に送り出した原作者、やなせたかし氏(93才)にスポットライトを当ててみました。父が1924年アモイで死去したあと、母、弟(千尋)と共に高知市に暮らすようになる。弟は一足先に父の兄(開業医)に引き取られたがその後、母が再婚したため弟と同じく伯父に引き取られて育てられた。弟は跡取りとして迎えられていたが、後から来たたかしは書生部屋に住まわせられ、待遇に違いがあった。1941年に徴兵され日中戦争に出征。中国人向けのプロパガンダ宣伝ビラの制作を担当した。銃を撃つことはなかったが、従軍中に食糧不足による空腹を体験したことや、弟の戦死などから反戦感情を持つことになる。弟、千尋は海軍の特攻隊である人間魚雷「回天」に乗船し、フィリピン沖で絶命したのです。
終戦後は高知新聞記者となり、後に夫人となる小松暢と出会う。1947年に三越宣伝部のグラフィックデザイナーになり、包装紙「華ひらく」に書かれた「mitsukoshi」のレタリングを手掛けた。1953年、三越を辞めて34才で専業漫画家となった。しかしなかなか芽が出ず作詞家としての仕事の方が多く、いずみたく作曲の「手のひらを太陽に」を作った。1966年「愛する歌」で詩人としてデビュー。以後、大人向けの詩集や絵本を次々に刊行して1973年、子供向け絵本「あんぱんまん」を出した。
1996年、出身地である高知県香美市に、やなせたかし記念館「アンパンマンミュージアム」が開館された。
1993年に暢夫人が逝去して現在は独身である。暢夫人との間に子供はなく、アンパンマンを2人の子供であるとしている。朝食はパン食に徹しているようで、何となくアンパンマンの発想がうかがえる。
さて90才を超え、妻も亡くしたやなせ氏は引退を考えていましたが、そこに起こったのが東日本大震災。発生から3日後、ある地元ラジオ番組にアンパンマンマーチのリクエストがあり放送した所、避難場所では子供達がラジオに合わせて大合唱。大人達も涙を流して感動したといいます。それからラジオ局は連日、このマーチを流し続けました。ヒーローであるアンパンマンは困っている人や悲しんでいる人に自分の顔であるアンパンをちぎって食べさせ元気になってもらうという設定になっています。そこには、やなせ氏のさっき書いた戦争体験、特に弟の死などが心の大きな柱となっています。やなせ氏は「人生の意味」について質問された時に答えた次の言葉に私も感動しました。「人生最大の喜びは何か?それはつまる所、人を喜ばせることだと思った。人生は喜ばせごっこだと気付いたとき、とても気が楽になった」と。引退をせずに、ますますの長生きを祈っています。

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— posted by 越智邦明 at 06:15 pm  

2012/10/11

25周年記念旅行


3月11日で開院25周年を迎えたことで、職員にごほうびとして旅行を敢行した。半年前にどこにしようと考えていた矢先、愛読書の西村京太郎の本で「九州新幹線『つばめ』誘拐事件」を読んだ後、「そうだ、九州へそれも新幹線を使った旅をしよう」と思った。
博多から鹿児島まで行く訳だから、こうなったら南端の指宿にしよう。そして宿は20年前に家族で行った有名ホテル「指宿白水館」にしようとトントン拍子で決った。そして9月よりもより涼しい連休を利用しようと、日程は10月7日~8日と決まった。当院は有床診療所であるから日当直のナースを残さないといけないのが辛いが、幸い4人のナースが留守番をしてくれた。
さて10月7日はとても快晴で、当院の晴れ女の多さに驚いた。松山発の飛行機で福岡空港へ、そして新幹線「さくら」で鹿児島中央駅へ着いたのが12時13分と驚異的な早さであった。この日は昼食後、城山公園へ行き鹿児島市内や桜島をバックに記念写真を撮った。その後、無双蔵(むそうぐら)という焼酎工場を見学した。焼酎の出来る過程をじっくり観察し、鹿児島限定の芋焼酎をおみやげに買った。鹿児島は何といっても芋焼酎であるが、近年、芋不足で生産量が伸びず麦に負けている事も聞かされた。次に、宿泊地、白水館へ夕方4時に入った。ここの名物は何といっても「砂蒸し風呂」。20年前に我が家の子供達がキャアキャア言いながら入ったが、今回も全員が声をあげながら入った。熱い砂をかけてくれて10分~15分の我慢である。サウナに近い感覚だが、顔は出ているので苦しくはない。砂蒸しはリウマチ等の難病治療にも応用されていることをどこかで読んだことがある。美容効果から女性にも大人気である。余裕を持って行程を進めたため、7時前より宴会が開けた。
毎回の事ながら当院の宴会は盛り上がる。予定の2時間はあっという間に過ぎた。嬉しかったのは、ホテルから25周年のお祝いのワインをいただき、又、旅行会社のNさんよりケーキをいただいたことである。サプライズで嬉しかった。
部屋に帰ってすぐに爆睡したが、ふと深夜12時に目が覚めた。すると潮騒の音が心地良く、窓を開けて見渡すと下弦の月がこうこうと輝き、まわりに満天の星が散りばめられていた。錦江湾に映る月もまた綺麗であった。こんなに美しい夜空を見たことがない。思わず翌日訪れる知覧の特攻隊員の事を思った。明日出陣という前日、このすばらしい満天の月と星を眺め、彼らは何を思ったのか?考えていくと胸が熱くなって20分間ずっと夜風に吹かれながら空を眺めていた。
さて翌日、知覧の特攻平和会館を訪れた。20年前にも私は訪れていたのだが、ここは特攻に志願した20歳前後の若者が前日に両親にあてた手紙を展示してある。その中で切ない句を2つ見た。「大君の為 何か惜まん若桜 散ってかひある命なりせば」「後れじと 散りゆく花を われもまた」。次々と散っていった若者。下の写真にあるが三角兵舎にて出撃する若者の壮行会が催され、酒を汲みかわし遺書を書いたとある。今、日本は再び右傾化しようとしている。命の尊さをもう1度振り返って欲しいと願う。
次に行った薩摩の小京都と言われる、知覧の武家屋敷群は生垣の景観が素晴らしかった。
いよいよ最後の訪問

— posted by at 04:12 pm  

2012/10/9

終(つい)の信託


10月2日、映画の試写会へ行ってきた。
タイトルは「終の信託」。「Shall we ダンス?」から16年目。草刈民代と役所広司の再出演、再会であり、監督は草刈さんの夫、周防正行。
草刈扮する呼吸器科女医、折井綾乃と喘息患者である役所扮する、江木秦三。江木の病状は日に日に悪化していき、ある時自分が最悪の事態になった時の処置を折井に託す。これ以上書くと、これからご覧になる皆様に申し訳ないので控えますが、延命治療の是非をめぐって国民に大きく問いかける社会派のドラマとなっています。試写会のあとの周防監督との雑談の中で、客席からいくつか質問が出た。
①他の女優は考えなかったのか?→脚本を読んで草刈しか考えられなかった。
②延命処置について監督の考えは?→今は各病院で倫理委員会があって複数の医師で考えるようになったので、紛争は少なくなってきたのでは。等々。
最後に私は個人的に検事役の大沢たかおの名演技に感嘆した。何といっても迫力がすごかった。
いずれは誰もが迎える「死」。皆さんなら主治医に何を信託しますか?10月27日の公開です。是非、ご覧下さい。

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— posted by 越智邦明 at 11:32 am  

2012/10/4

二度寝


休日は二度寝できるので嬉しいと言っていた人が、どうも体調が悪いと相談に来ました。
「たっぷり眠ったのに・・・」という主旨です。
これを説明するkey wordは「コルチゾール」というストレスホルモンです。
コルチゾールとは蓄めた脂肪をエネルギーに変える副腎皮質ホルモンで、このおかげで眠っている間は完全絶食状態でも起床後すぐに元気で活動できます。コルチゾールは深夜3時頃から分泌が高まり、明け方6時頃に分泌のピークを迎えます。ところが二度寝してしまうと、せっかく分泌がピークに達したのに再びダウンという指令を出すことになります。
しかしいったんピークを迎えた状態で再び眠ると、頭痛が引き起こされたり頭がボーとするなど体の不調を来します。つまり二度寝をすると気持ちのいい目覚めは迎えられません。もちろん朝食も欠食となりますし、日中の活動量が減ってしまったりしてロクなことはありません。
できれば朝は二度寝せず“起床のゴールデンタイム”と言われる5時半~8時半に起床するのがベストです。
昼寝は1時間以内ならOKです。

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(追伸)
毎年、春に「菜の花」秋に「彼岸花」を載せてきた。松山郊外のある所で同じ場所に春と秋に別々の花を咲かせるのだから面白い。今回は台風の迫ってきた9月29日(土)の雨の中、訪れて摘んできた。しばしの秋を楽しむ。
今回は秋シリーズで撮ってみた。まさに食欲の秋。
いい季節になりました。
次回のブログは祝日のため10月9日(火)といたします。


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— posted by 越智邦明 at 06:01 pm  

2012/10/1

くに〜ず新聞


くに~ず新聞Link  2012年 秋号 Vol.39 を掲載しました。
 
左のメニューの くに~ず新聞 をクリックするか、ここLink をクリックして御覧ください。

— posted by 管理人 at 06:00 pm  

 
2012/10/1

人生2度目の修学旅行(大分編)


保険医協会四国ブロックの文化の旅が今年は高知県主催で「大分・国東(くにさき)半島」が選ばれた。9月22日(土)、高知を出発したバスは徳島、香川更に愛媛の会員を拾って三崎港からフェリーで九州へ渡った。当院は昨年の琵琶湖の旅に同伴した職員3人が参加した。
1日目のメインは杵築(きつき)城下散策であった。戦国時代には大友氏と島津氏の戦いの舞台となった杵築城跡は公園として整備されていた。この街は武家は高台に町人は平地に住んでいたため、到る所に「坂」があった。杵築市は日本で唯一といわれるサンドイッチ型の城下町と言われ、特に酢屋の坂はテレビドラマなどでもよく使われる観光スポットで私も大いに納得した。更に興味深かったのは藩校学習館跡が杵築小学校となっており、「藩校の門」が今でも小学校の入り口として使われていた。更に驚いたのは今なお二宮金次郎の銅像が置かれてあったことである。我々以上の世代の人は皆、小学校で目にした銅像である。その後、1日目の宿泊ホテル、別府湾ロイヤルホテルにて宴会が行われ、別府の湯で疲れた体を癒した。とてもいい湯であった。
2日目は絶好の晴天。この日は国の重要文化財に指定されている熊野磨崖仏を訪れた。約300mのとても急な山道を登ると、日本一雄大な石仏とされる「大日如来」と「不動明王」があった。石仏は慈悲の相がにじみ出ていた。そして最後の訪問地、宇佐神宮を訪ね、自分の健康や家族、孫の祈願をした。宇佐八幡宮は日本の「パワースポット30選」にも選ばれている。おみくじは幸いなことに「大吉」であった。さて境内の中に明治27年にドイツから購入して走っていた蒸気機関車が置かれてあった。現在、大分県の有形文化財に指定されていた。昼食後は来た道を引き返し、楽しい2日間はあっという間に終った。四国ブロックの親睦を深めるという目的は十分に達成されたと思いました。

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— posted by 越智邦明 at 05:17 pm  

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